上方落語の舞台を歩く
「初天神」 天神さまへお参りに出掛けようとする熊。その姿を見た息子の寅が、一緒に連れて行ってくれとせがみます。あんまり騒ぐので、仕方なく連れて行くことに。ところが寅、出掛ける前に何も買わないと約束したのに駄々をこね、結局、露店で飴やダンゴを買ってもらいます。お参りを済ませ、今度は親子で凧あげをすることになりました。どこまでも高くあがる凧に、今度は父親の方が夢中に。その様子を見た寅は・・・。
大阪天満宮からまっすぐ南下すると堂島川に出ます。その川岸に広がっているのが南天満公園。川沿いにテニスコートや遊歩道が整備され、テニスやジョギングする人の姿もありました。川を挟んだ向こう側には、美しく整備された八軒家浜が見えます。さて、この地にまつわる噺とは――。
「千両みかん」 季節は夏。ミカン欲しさに病に臥した船場の若旦那。ミカンを見つけ出さなければ死刑と大旦那に脅され、番頭は市中を必死に探します。奇跡的に見つかったミカンですが、商売人の言い値はなんと千両。背に腹は変えられぬと大旦那はそれを買い与え、若旦那は快復します。そして番頭は、残りのミカンを持って雲隠れ・・・。
「遊山船」 ある夏、花火見物のため難波橋に来た喜六と清八。大川をゆく遊山船を冷やかします。そこへやってきたのが、錨(いかり)模様の浴衣を着た賑やかな稽古屋連中。清八が「さても綺麗な錨の模様!」と声をかけると、舟から「風が吹いても流れんように」と粋な返事。感心した二人でしたが清八は「お前のかみさんにはとても言えんだろう」と言います。そこで喜六は家に帰ると、押入れにあった汚れた錨模様の浴衣を女房に着せ、舟のかわりに盥(たらい)の中に座らせ、天窓の上から「さても汚い錨の模様!」と声をかけました。すると女房が一言「質に置いても流れんように」。
「米揚げ笊」 仕事もせずにブラブラしている頼りない男が、丼池の甚兵衛の紹介で天満源蔵町の笊屋、十兵衛に雇われ、笊売りを始めます。けれど生来の気質もあって、なかなか思うように商売することができません。そんなある日、「大マメ、中マメ、小マメ、米揚げ笊」という売り言葉が米相場師の主人に気に入られ、商売がトントン拍子に進んでいきます。ところが・・・。
堂島川にかかる中之島ガーデンブリッジの北詰に、先物取引発祥の地として堂島米市場跡の記念碑が建てられていました。稲穂を持った童子像の下には図案化された“濱”の文字が。この一文字が施された紋付は当時の堂島の権威そのもの。これを着ていくだけでお茶屋も料亭も扱いが違ったそうです。 「天下の貨七分は浪華にあり、浪華の貨七分は舟中にあり」と謳われた当時の大阪。天満青物市場や堂島米市場が川沿いにあったことは、ヒト・モノ・カネが集まる経済の中心・大阪で水運が大きな役割を果たしていたことを物語っています。実際に歩いて、それを肌で感じた今回の散策は、まるで江戸時代の中之島を歩いているような気分になった散策でもありました。
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